スイスにおける不動産取得制限(Lex Koller)と投資実務
スイスにおける不動産投資は、強固な経済基盤と通貨スイスフランの歴史的な安定性から、世界中の投資家を引き付けていますが、外国人による不動産取得には厳格な法的制限が存在します。本記事では、通称「Lex Koller(コラー法)」と呼ばれる外国人不動産取得制限法の詳細な仕組みと、居住用・商業用不動産に対する異なる取り扱いについて解説します。日本の原則自由な不動産市場とは異なり、スイスの法令は国籍や居住資格に基づき不動産の取得権を厳格に管理しており、取引の有効性に直結するため、事前の法務確認が不可欠です。
さらに、カントン(州)ごとのクォータ制度や最新の判例動向、ならびに投資実務を根本から覆す可能性のある2026年の大幅な法改正の提案内容を詳細に分析し、スイスにおいて合法かつ戦略的に不動産ポートフォリオを構築するための実践的な指針を提供します。欧州圏でビジネスを展開するにあたり、スイスという特殊な法域の不動産制度を深く理解することは、事業拠点の確保や資産運用のうえで重要です。
スイスにおける外国人不動産取得規制の全体像と法の目的
スイス連邦政府は、自国の限られた国土が外国資本によって過度に所有され、影響を受けることを防ぐ目的で、外国人による不動産取得を厳しく制限しています。この強固な規制の中核をなすのが、1983年12月16日に制定され1985年1月1日に施行された「外国居住者によるスイス国内の不動産取得に関する連邦法(BewG、SR 211.412.41)」であり、一般にLex Koller(コラー法)として知られています。この法律は、1961年の連邦決議に端を発し、1997年に大幅な改正が行われた際に、当時の連邦司法警察省(EJPD)担当連邦参事官であったアーノルド・コラー氏の名にちなんで命名されました。この法律のもとで所管当局は、外国資本による不当な影響力を排除するため、居住資格を持たない外国人や海外に拠点を置く法人、さらには外国資本の実質的な支配下にあるスイス国内法人による不動産取得を、原則として禁止または事前の許可制としています。
この法律の適用を受ける「外国居住者」の定義は厳密であり、スイスに正当かつ実際の住所を持たないEU・EFTA加盟国の国民、およびスイスに定住権(C許可)を持たないその他の国籍の外国人は「外国居住者」に分類され、Lex Kollerの適用対象となります。不動産取引がLex Kollerの規制対象となる場合、その取引は事前に物件が所在するカントン当局の許可を得なければならず、許可なく行われた取引は当初から効力を有せず、一定の条件下では民事上無効となるほか、刑事罰の対象ともなります。
参考:fedlex(スイス連邦政府法令データベース)|SR 211.412.41 Lex Koller(BewG)
日本の不動産法制とスイス不動産法制の根本的な違い

日本とスイスでは、不動産法制の設計理念が根本的に異なります。日本では原則として、外国人や外国法人による不動産の購入や所有に関して、国籍や居住要件に基づく直接的な制限は設けられていません。居住目的であれ投資目的であれ、土地や建物の取得は自由であり、永住権や在留資格の有無も不動産登記における必須条件とはされていません。
日本には1925年に制定された外国人土地法が存在します。同法は、日本人の土地所有を制限している国の国民に対し相互主義に基づく制限を課す規定を持ちますが、現在に至るまで実質的に運用されておらず、休眠状態にあります。また、2021年(令和3年)に制定された重要土地等調査法も、安全保障上重要な防衛施設周辺や国境離島などの特定の区域内における土地の利用状況を調査し、不適切な利用を規制するものであり、外国人による所有権の取得そのものを一律に禁止する制度ではありません。
所有権の取得自体は原則自由であり、利用や開発の段階で都市計画法などの規制がかかる日本とは対照的に、スイスのLex Kollerは、取得の入口の段階で原則禁止および例外許可という強いプロテクショニズムの姿勢をとっています。不動産を取得する権利自体が、投資家の居住ステータスや物件の用途に完全に依存しているという点で、スイスの不動産市場は法的ハードルの高い法域です。
スイスの居住用不動産に対する厳格な取得制限と例外的な許可要件
Lex Kollerは、取得対象となる不動産が居住用であるか商業用であるかによって適用されるルールを明確に区別しており、投資家はこの分類の法的な意味を正確に把握する必要があります。外国居住者がスイス国内で一軒家やアパートメント、または住宅用の建築用地といった居住用不動産を取得することは、原則として禁止されており、法に定められた限定的な例外要件を満たさない限り、管轄のカントン当局から許可が下りることはありません。
居住用不動産における例外として許可が認められるケースの一つは、特定のカントンにおいて、地域的な住宅不足を解消するための社会的な目的を持つ場合です。具体的には、フリブール州やヴォー州、さらにはジュネーヴ州やヴァレー州などの一部のカントンにおいて、周辺地域の類似物件と比較して著しく低家賃で提供される補助金付き住宅を建設する目的や、住宅不足の地域で新たに建設された同タイプの住宅を取得する目的に対しては、外国居住者であっても例外的に取得許可が付与される可能性があります。しかし、これらは純粋なキャピタルゲインを追求する商業的な投資戦略とは相容れない厳しい賃料制限や社会的要件が課されるため、一般的な外国人投資家が利用できるスキームとしては限定的です。
スイスにおける商業用不動産の例外規定と投資実務における活用

居住用不動産に対する厳格な制限の半面で、スイス経済への外国投資を阻害しないための重要な例外措置として、商業用不動産の取得はLex Kollerの規制から大きく免除されています。連邦法第2条第2項a号の規定によれば、製造業や商業活動、あるいは専門職の業務遂行のための恒久的な事業所として使用される不動産については、事前の許可なく外国居住者が取得できます。
現行の制度下においては、この恒久的な事業所という要件は柔軟に解釈されており、現行法上、投資家自身が自社で直接事業を営む目的に限定されていません。純粋な資本投資目的で商業用不動産を購入し、第三者の企業に賃貸して収益を得ることも現行法上は適法とされています。(ただし、後述の改正案が成立した場合はこの解釈が変更される予定です。)そのため、オフィスビルや小売店舗、さらには工場やホテルといった商業用不動産は、外国資本にとってスイス国内における最も主要な投資対象となっています。
商業用不動産の例外を利用することで、外国居住者や外国資本の支配下にある法人であっても、スイスの優良な不動産市場に参入し、安定した賃料収入と物件価値の上昇を享受するポートフォリオを構築できます。ただし、対象となる不動産が純粋な商業地域ではなく住居地域との混在ゾーンにある場合や、将来的に居住用への用途変更を検討する場合には、Lex Kollerの規制が及ぶ可能性が高いため、取得前の精緻なデューデリジェンスが欠かせません。
スイス連邦最高裁判所の最新判例に見る法令の実務的運用
Lex Kollerの条文の解釈や運用は、スイス連邦最高裁判所が積み重ねてきた判例が基礎をなしており、取引の実務においてはこれらの司法判断を熟知することが不可欠です。商業用不動産に対するLex Kollerの適用除外について、判決番号2C_168/2023(2024年6月5日、スイス連邦最高裁判所)が実務上重要な判断を示しています。
この判決の当事者は連邦司法局と不動産を取得した民間企業です。同事案において取得企業は、自社の既存の生産拠点を拡張する目的で、商業および工業ゾーンならびに一部の緑地ゾーンに含まれる複数の土地を取得しました。管轄するザンクト・ガレン州の基本台帳監督局は、これらの土地取得自体は事業活動のための恒久的な事業所としての利用という要件を満たしており、商業用不動産の例外規定に該当するため事前の許可は不要であると認めました。しかし同時に、取得企業に対して、建設計画の進捗状況とそれに伴う資金調達の状況について、2年ごとに当局へ報告を行うことを義務付ける条件を付加しました。
連邦司法局は、この監督局の決定を不服として上訴しましたが、連邦最高裁判所は、報告義務のような行政的条件を付すことは法律上要求されていないと判断し、連邦司法局の上訴を退けました。連邦最高裁判所は、Lex Kollerが外国資本による土地の過度な取得を防ぐという目的を持つことを再確認しつつも、法が定める例外要件を実質的に満たしている限りにおいて、法的手続きを超えた不必要な監視や制約を課すことは適切ではないと結論付けました。この判決は、事業所としての利用という実態が伴う限り、追加の行政的条件に縛られることなく、法の規定に従って直接的に例外が適用されることを司法が確認したものであり、商業用不動産を取得する投資家にとって重要な指針となります。
参考:BGer(スイス連邦最高裁判所)|判例 2C_168/2023(2024年6月5日判決)
スイスの別荘取得に対するカントンごとのクォータ制度とセカンドホーム法

スイスでは、リゾート地を中心とした別荘(セカンドホーム)の不動産取得に関しても、重層的な法的制限が設けられています。Lex Kollerの下では、外国居住者による別荘やアパートホテル内の居住ユニットの取得は連邦政府によって厳格に管理されており、全国で年間最大1500件というクォータ(割当枠)が設定されています。この年間クォータは観光地を抱える各カントンに分配されており、投資家は対象物件が所在するカントンの当局から、このクォータ枠内での取得許可を得る必要があります。
取得が認められた場合であっても、物件の規模や利用方法には厳格な条件が付与されます。正味居住面積は原則として200平方メートル以下、敷地面積も原則として1000平方メートル以下に制限されています(BewV Art. 10)。なお、転売制限については、現行の施行令(BewV)に別荘への一般的な転売禁止期間の規定はありません。
| 規制項目 | 別荘(セカンドホーム)取得に関する主な条件 |
| 年間割当枠(クォータ) | 全国で年間最大1500件(各カントンに分配) |
| 面積制限 | 正味居住面積(Nettowohnfläche)は原則200平方メートル以下、敷地面積は原則1000平方メートル以下 |
| 転売制限 | 現行法(BewV)に別荘への一般的転売禁止期間の規定はありません(改正案では転売制限の再導入が検討されています) |
| 賃貸制限 | 通年での賃貸は禁止(短期・一時的な賃貸は可) |
Lex Kollerによる外国人規制とは別に、スイス国内のすべての不動産開発に適用される規制として、2015年に制定され2016年に施行されたセカンドホーム法(ZWG)が存在します。この法律は、2012年3月に国民投票で可決されたイニシアチブ(「セカンドホームの無制限建設に終止符を打つイニシアチブ」、賛成50.6%)に基づくものであり、ある自治体内の全住宅ストックに占めるセカンドホームの割合が20パーセントを超えている場合、その自治体では原則として新たな別荘の建設が許可されません。この20パーセントルールは、サンモリッツやヴェルビエ、グシュタードやツェルマットといったスイスを代表するリゾート地の不動産市場に多大な影響を与えています。
既存の別荘を外国人が購入すること自体はクォータの範囲内で可能ですが、新規供給が極端に制限されているため、これらの地域の不動産価格は高止まりする傾向にあります。スイス連邦空間開発局(ARE)は各自治体のセカンドホーム比率を厳密に計算し毎年公表しており、投資家は対象地域の比率を事前に確認する必要があります。
参考:ARE(連邦空間開発局)|住宅台帳(Wohnungsinventar)
スイスの間接的な不動産取得と企業ストラクチャーに関する法規制
Lex Kollerは、不動産の直接的な所有権の取得だけでなく、法人を通じた間接的な取得にも規制を設けています。外国居住者がスイス国内に非上場の法人を設立し、その法人を通じて不動産を取得しようとする場合、その法人が外国資本の支配下にあるとみなされれば、法人の国籍にかかわらず外国居住者による取得と同等に扱われ、Lex Kollerの規制対象となります。このため、スイス国内の非上場不動産会社の株式を取得する行為も事前の許可が必要であり、許可なく株式を取得した場合は取引が無効となるリスクがあります。
一方で、現行法では間接投資に関する重要な免除措置が設けられています。スイスの公式な証券取引所に上場している不動産会社の株式を取得する場合や、市場で定期的に取引されている不動産投資信託(Immobilienfonds)またはSICAVの持分を取得する場合は、Lex Kollerの適用対象外とされており、外国居住者でも事前の許可なく自由に投資を行うことができます。この上場企業およびファンドに対する免除措置は、外国資本がスイスの不動産市場に流動性を提供する重要なパイプラインとなってきました。
2026年に向けたスイスLex Koller大幅改正案と投資環境の変化

スイスの不動産投資環境は、大きな転換点を迎えています。スイス連邦参事会は、国内の人口増加への懸念とそれに伴う住宅価格の高騰を背景として、Lex Kollerのさらなる厳格化を目指しており、2026年4月に改正法の前期草案を公表し、公聴会手続きを開始しました。この改正案がそのままスイス議会で承認され成立した場合、外国資本によるスイスの不動産投資戦略は根本的な見直しを迫られます。
なかでも大きな変化は、商業用不動産の扱いに関する規制の強化です。現行法では事前の許可なく、純粋な資本投資目的で商業用不動産を取得し、第三者に賃貸することが広く認められていますが、改正案ではこの実務慣行が禁止される予定です。改正案では、外国資本が商業用不動産を許可なく取得できるのは、自社で直接的に事業を営む目的に限定されます。これにより、純粋なキャピタルゲインや長期的な賃料収入を目的とした従来の不動産投資モデルは、改正成立後は事実上できなくなります。また、取得後に指定された事業目的での自己使用を取りやめた場合、当該不動産を2年以内に売却する義務が課されます。さらに、市町村の住居割合規定により商業用地に住居の設置が義務付けられている場合、当該住居部分は延床面積の3分の1を上限として許可なく取得できます。
間接的な不動産投資に対しても、現行制度から規制が大きく強化されます。改正案では、スイス証券取引所に上場している住宅不動産会社の株式や、定期的に取引される不動産ファンドおよびSICAVの持分についても、Lex Kollerの許可義務が適用されることになります(事実上の取得禁止)。この改正が施行されると、上場不動産会社の株式を新たに取得する際にもカントン当局の許可が必要となりますが、居住用不動産に対する許可要件は限定的であるため、これは事実上の取得禁止措置に等しい影響をもたらします。この新たな規制は最低保有基準額が設けられておらず、わずか1株の株式や単一のファンド持分を購入する場合であっても、例外なく適用される厳格な内容です。
参考:BJ(連邦司法局)|外国人による不動産取得(Grundstückerwerb durch Personen im Ausland)
| 投資対象 | 現行法における外国人取得の可否 | 2026年改正案の主な影響と変更点 |
| 商業用不動産 | 許可不要(純粋な賃貸投資目的でも取得可能) | 自社の直接事業利用に限定。事業不使用時は2年以内に売却義務 |
| 居住用不動産 | 原則禁止(補助金付き住宅など限定的な例外のみ) | 直接取得の禁止を維持。商業用地に付随する居住枠は3分の1に制限 |
| 上場不動産会社・ファンド | 許可不要(株式や持分を自由に取得可能) | 免除措置の完全撤廃。1株から事前の許可が必要となり事実上の取得禁止 |
| 別荘(セカンドホーム) | 条件付きで許可(全国年間1500件のクォータ制) | 改正案(Vorentwurf)では年間クォータを1500件から750件へ引き下げ。外国人間の転売もクォータに算入 |
これらの提案は既存の保有資産を遡及的に没収するものではありませんが、改正案が施行された場合、既存の株式やファンド持分を他の外国居住者に売却することが困難になり、流動性が低下するリスクがあります。
まとめ
本記事では、スイス特有の外国人不動産取得制限であるLex Kollerの詳細なメカニズムと、居住用および商業用不動産における法的枠組み、ならびに2026年に向けて議論されている抜本的な法改正案について解説しました。国籍や在留資格を問わず自由な不動産取引が保障されている日本の不動産市場とは異なり、スイスでは不動産の取得自体が厳格な許可制度の下に置かれており、無許可の取引は無効となるなど、投資の入り口において慎重な法務確認が必要です。特に商業用不動産への投資やファンドを通じた間接投資に対する規制が大きく変化する転換期を迎えており、正確な法令の理解と最新の判例に基づく実務動向の把握が不可欠です。
今後、スイスをはじめとする欧州圏でビジネス展開を検討する企業にとって、拠点設立や資産ポートフォリオの構築にあたっては、これらの法的なハードルを的確に乗り越えるためのスキーム設計が重要です。モノリス法律事務所では、スイスの現地法律事務所Araucariaと提携しており、現地の複雑な不動産法令やカントンごとの行政手続きに精通した専門家チームが、最新の法的動向を踏まえた実践的なアドバイスを提供します。スイスにおける適法かつ戦略的な不動産ポートフォリオの構築から、現地規制当局との折衝まで、企業のグローバルなビジネス展開をサポートいたします。
河瀬 季
Toki Kawase
IT企業経営の経験を持つエンジニア出身の弁護士。東大院修了後、モノリス法律事務所を開設。上場企業からスタートアップまで顧問弁護士やCLOとして経営を支援する。特にスイス法務に精通し、専門チームを率いて現地法人設立から労務、知財戦略分野で日本企業のスイス進出を多角的にサポートしている。
Contact お問い合わせ
日本語でのご相談が可能です。
スイス進出前のご相談から、進出後の法務対応まで幅広く対応しています。