生成AIと著作権:スイスにおける法規制とデータマイニングの現状

生成AIと著作権:スイスにおける法規制とデータマイニングの現状

欧州圏において人工知能関連ビジネスを展開する上で、知的財産権の保護とデータ利用の適法性は最も重要な経営課題の一つとなっています。特に生成AIの急速な普及に伴い、スイスではAIモデルの学習用データに関する法規制や著作権保護の枠組みが根本的に見直されつつあります。スイスは欧州連合の加盟国ではないものの、独自の法体系と国際協調を通じてAI規制の導入を進めています。テキスト・データマイニングの例外規定や生成AIによる生成物の権利帰属では、日本とは大きく異なる法的基準を設けています。

本記事ではスイスにおける最新のAI規制動向や著作権法の規定、最新の裁判例を詳細に解説し、スイス市場でのビジネス展開を目指す日本企業が直面する法的論点と透明性義務への実践的な対応策を包括的に考察します。

スイスにおけるAI規制の動向と欧州の枠組み

スイス連邦内閣によるAI規制方針の決定

スイスは歴史的に特定の技術分野に特化した包括的な単行法を制定するのではなく、既存の法体系の中で技術中立的なアプローチを採用してきました。現在スイスには包括的なAI専用法は存在しておらず、データ保護法や情報セキュリティ法、さらに製造物責任法といった分野別の法律によってAIシステムが複合的に規律されています。しかしながら、生成AIの急速な普及とそれに伴う社会的な影響の拡大を鑑み、スイス連邦内閣は2025年2月12日にAI規制に関する新たな方針を決定しました。

この決定においてスイス政府は、欧州評議会が採択した人工知能に関する枠組み条約を批准し、同条約の要件を国内法に実装するためのAI規制法案を策定する方針を明確に示しました。法務省を中心に進められているこの法案策定作業は、2026年末までに協議用の草案が提出される予定となっています。この法案ではAIシステムの透明性やデータ保護、さらに非差別の原則および監督体制に関する法的措置が具体化される見込みです。日本のAI規制も現時点では分野別のガイドライン等を中心としたソフトローによるアプローチが主体となっていますが、スイスが国際条約に基づく法的拘束力のある規制へと明確に舵を切ったことは、欧州市場全体におけるコンプライアンス基準の厳格化を示唆しています。

参考:Bundesrat(スイス連邦内閣)|プレスリリース「KI-Regulierung: Bundesrat will Konvention des Europarats ratifizieren」(2025年2月12日)

欧州評議会の人工知能条約とスイスの対応

スイスが批准を目指す欧州評議会の人工知能条約は、人工知能のライフサイクルにおける活動が人権・民主主義・法の支配と整合することを確保するための国際的な法的枠組みです。スイス国内でAI関連サービスを提供するプロバイダーは、技術的な革新性や利便性だけでなく、基本的人権や透明性義務に配慮したシステム設計を法的に求められる方向にあります。とりわけ生成AIの分野においては、システムがどのようなデータセットを用いて学習されたのかという出所情報の透明性や、AIが生成したコンテンツであることを明示するラベリング義務などが、今後の法整備を通じて具体的に要求される可能性が高く、事業者はシステムの開発段階からこれらの法的要件を組み込むコンプライアンス・バイ・デザインの思想が求められます。

スイス著作権法におけるデータマイニングと生成AIの学習

スイス著作権法におけるデータマイニングと生成AIの学習

テキスト・データマイニングの例外規定

生成AIの開発において世界的に最も先鋭的な対立を生んでいるのが、インターネット上から無断で収集された著作物をAIの学習データとして利用する行為の適法性です。スイスの連邦著作権および著作隣接権法は、2019年9月の改正(2020年4月施行)によりテキスト・データマイニングに関する新たな例外規定を第24条dに新設しました。この規定は、科学的研究を目的とする場合に限り、技術的手順の適用によって必要とされる著作物の複製を権利者の許諾なしに行うことを認めるものです。ただし、この例外規定が適法に適用されるためには、複製される著作物に対して適法なアクセス権を有していることが条件となります。

スイスと日本における著作権法の比較と実務上の違い

スイス法と日本法の違いとして実務上重要なのは次の点です。日本の著作権法第30条の4は、情報解析を目的とする場合、それが営利目的であっても非営利目的であっても広く著作物の複製を認める規定となっています。これに対しスイス著作権法第24条dが適用されるのは、その目的が科学的研究である場合に限定されています。

比較項目スイス著作権法(第24条d)日本の著作権法(第30条の4)
データマイニングの主目的科学的研究に限定される営利・非営利を問わず広く認められる
権利者の許諾要件科学的研究目的かつ適法なアクセスがあれば不要情報解析目的であれば原則として不要(オプトアウト規定なし)
商用AIの学習データ収集例外規定の対象外となる可能性が高く許諾が必須著作権者の利益を不当に害さない限り適法
例外規定の適用主体大学等の公的機関のほか民間企業も対象となるが目的が限定的主体を問わず広く適用される

民間企業によるAIモデルの学習であっても科学的研究の側面を副次的に持つことはあり得ますが、主たる目的が商用AIサービスの開発や機能向上である場合、例外規定の適用は実務上困難と解されています。したがって、日本国内の寛容な法環境を前提として適法に開発されたAIモデルやウェブスクレイピングの手法をスイス市場にそのまま持ち込むことは、重大な著作権侵害リスクを伴うことになります。

参考:fedlex(スイス連邦政府法令データベース)|SR 231.1 著作権法(URG)

スイスにおける生成AI学習データに関する新たな法規制の動き

「ゲッシ動議」による事前許諾制の議論

スイス国内におけるAI学習データと著作権保護の緊張関係は、立法府における具体的な動きとして顕在化しています。2024年12月に全州議会のペトラ・ゲッシ議員によって提出されたAIの悪用に対する知的財産のより良い保護と題された動議は、2025年3月20日にスイス全州議会において正式に採択されました。通称ゲッシ動議と呼ばれるこの議案は、生成AIシステムのプロバイダーが著作権で保護された作品を学習データとして使用する際、権利者からの明示的な事前許諾を義務付ける法的枠組みの構築を連邦内閣に要求するものです。

オプトイン方式への転換がビジネスに与える影響

この動議の当初案には、一般に公開されているAIシステムのプロバイダーがスイス著作権法上の既存の例外規定を援用することを禁止する要件も含まれていました。これは事実上、AI学習のためのデータ収集を完全にオプトイン方式に転換することを意味しており、著作権者が能動的に権利を行使して拒否しない限り学習を容認するという欧州の他の枠組みや日本の思想とは根本的に異なります。

その後国民議会の委員会審議(2025年9月)においてこの要件は全会一致で除去されており、現時点の修正版動議では当該禁止規定は含まれていませんが、法制化に向けた政治的推進力が働いたことは事実です。スイスおよび欧州圏で生成AI事業を展開する企業は、ウェブ上から無差別にデータを収集する戦略を根本から見直し、適法なライセンス契約に基づくクリーンなデータセットの構築と管理体制の整備が急務となっています。

参考:parlament.ch(スイス連邦議会 Curia Vista)|動議 24.4596「Besserer Schutz des geistigen Eigentums vor KI-Missbrauch」

スイスにおける生成AI生成物の権利帰属と判例動向

スイスにおける生成AI生成物の権利帰属と判例動向

スイス著作権法が求める自然人の創作的寄与

生成AIを利用して作成されたテキストや画像、さらに音楽などの生成物が著作権法上の保護を受けるかという問題もビジネスにおいて極めて重要です。スイス著作権法第2条第1項は、著作物を個人的な特徴を有する文学的および芸術的な精神的創造物と定義しています。スイスの法解釈において精神的創造物とは、必然的に自然人である人間の精神活動から生み出されたものであることを絶対的に要求しています。この創造者原則に基づき、人間の実質的な関与なしにAIが生成したコンテンツには、著作権による保護は与えられません。

AIを単なるツールとして利用し、人間がプロンプトを綿密に調整したり生成後に大幅な加筆修正を加えたりするなど、人間の明確な創造的意図と自由な選択が結果に反映されていると客観的に認められる場合に限り、その成果物は人間を著作者とする著作物として保護される可能性があります。一般的な短いプロンプトを入力して得られた出力結果は著作権保護の対象外となり、第三者が著作権法上の制限なく利用できる状態に置かれます。企業がマーケティング資料やソフトウェアのコード生成にAIを活用する際、その成果物を自社の知的財産として独占的に保護するためには、創作過程における人間の寄与を証明できる詳細なログを残す社内規定が不可欠です。

スイス連邦行政裁判所によるダバス判決

人工知能が生み出した成果物に対する権利帰属の議論は、特許法の分野においてスイスの司法による歴史的な判断を引き出しました。2025年6月26日、スイス連邦行政裁判所は、Stephen L. Thaler氏とスイス連邦知的財産研究所の間で争われた特許出願について判決を下しました。この事件は、DABUSと呼ばれるAIシステムが自律的に発明したとされる食品容器の特許出願において、AIそのものを発明者として特許原簿に登録できるかが最大の争点となったものです。

スイス連邦行政裁判所(判決番号B-2532/2024)は、次の三点を決定的な根拠としました。第一に、スイス民法典(ZGB)上「人(Person)」の概念は自然人および法人にのみ適用され、AIシステムはこれに該当しないこと。第二に、特許法施行規則(PatV)第34条第1項が定める発明者記載要件(氏名・名・住所)は自然人にのみ充足可能であること。第三に、先例BGE 138 III 111が示す「直感的・連想的活動」は自然人の活動を特徴づけるものであること。一方、この判決は実務的な救済措置も示しています。AIの学習プロセスに実質的に関与し、適切なデータを提供して最終的にAIが生成した結果を特許性のある発明として認識した自然人を発明者として登録することは適法であると認定したのです。この判例は、知的財産権の主体は人間でなければならないという大原則を再確認しつつ、AIを高度な道具として利用した人間の知的貢献を保護する道筋を示した点で、日本企業にとっても参考になります。

参考:BVGer(スイス連邦行政裁判所)|判例 B-2532/2024(2025年6月26日判決)

スイスの生成AI運用におけるコンプライアンスの要点

スイスではデータマイニングの例外規定が科学的研究目的に限定されており、今後の法改正によって学習データの事前許諾制が導入される可能性が高まっています。スイス国内のウェブサイトやデータベースから自動化手法を用いてデータを収集し商用AIの学習に利用する場合、著作権者からの明示的なライセンス取得が原則として必須となります。日本企業は自社のデータ収集プロセスを欧州の基準に合わせて再設計しなければなりません。

さらに、AIシステムが学習データ中の著作物を記憶し、それと類似したコンテンツを出力する記憶効果による著作権侵害リスクにも注意が必要です。スイス法の下では、出力結果が既存の保護された著作物と実質的に類似している場合、その出力結果を商業的に利用したユーザーは、侵害を知らなかったとしても差止請求を受けるリスクがあり、過失が認定されれば損害賠償責任も生じます。外部の生成AIサービスを利用してプロモーション素材等を作成する際は、類似性チェックや逆画像検索などの検証プロセスを徹底することが推奨されます。

まとめ

スイスにおけるAI規制および著作権法の動向は、技術革新を促進しつつも著作権者の権利保護を強固にする方向へと明確にシフトしています。テキスト・データマイニングの例外規定は科学的研究目的に厳格に限定されており、商業利用を含む広範な情報解析を許容する日本の著作権法とは対極に位置する厳しい基準が設けられています。さらに、全州議会で採択されたゲッシ動議は、当初案には含まれていた完全なオプトイン義務化要件が国民議会委員会で除去されたものの、AI学習データ利用の規制強化への政治的推進力が働いたことは事実であり、ウェブスクレイピング等を用いたデータ収集実務に根本的な変革を迫るものです。

また、AIが生成したコンテンツや発明に関する権利帰属については、ダバス判決が示す通り、自然人による創造的な寄与と結果の認識が不可欠であるという厳格な原則がスイスの司法によって貫かれています。これらの違いを過小評価し、日本国内で適法とされたデータ収集手法やAI運用プロセスをそのままスイス市場に持ち込むことは、コンプライアンス違反や著作権侵害による損害賠償リスクを招きます。したがって、こうした流動的な法環境において日本企業が適法性を担保しつつ競争力を維持するためには、現地の法規制や最新の判例動向に基づく対応が不可欠です。

モノリス法律事務所はITおよび生成AI分野の法務において高度な専門的知見を有しており、スイスの法律事務所Araucariaとの強固な提携関係を通じて現地の最新法令や手続きの要件に精通したグローバルな支援体制を構築しています。これにより、スイスをはじめとする欧州圏への展開を図る日本企業に対し、データマイニングの適法性評価から知的財産権の保護、コンプライアンス体制の構築に至るまで、現地の法的要請に完全に準拠した実践的かつ網羅的な法的サポートを提供することが可能です。

監修

河瀬 季

Toki Kawase

IT企業経営の経験を持つエンジニア出身の弁護士。東大院修了後、モノリス法律事務所を開設。上場企業からスタートアップまで顧問弁護士やCLOとして経営を支援する。特にスイス法務に精通し、専門チームを率いて現地法人設立から労務、知財戦略分野で日本企業のスイス進出を多角的にサポートしている。

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