スイス法を準拠法とする国際契約の要点:日本企業にとってのメリットとリスク
日本企業が欧州圏をはじめとするグローバル市場へ進出する際、国際取引においてどの国の法律を準拠法として選択するかは、法的リスクのコントロールを左右する重要な戦略的判断となります。当事者双方の母国ではない第三国の法律を準拠法として指定する場合、中立国であり、安定した法制度と高度な国際感覚を有するスイスの法律が選ばれるケースが多く見受けられます。スイス債務法は、国際商取引における柔軟性と予見可能性を兼ね備えており、国際取引を対象とする契約の実務において国際標準に近い役割を果たしています。
本記事では、スイス法を準拠法とする国際契約に不可欠なスイス債務法の基本原則、意思表示の解釈手法、損害賠償の制限に関する強行法規、ウィーン売買条約の適用除外に関する戦略的判断について、日本の民法との差異を踏まえながら解説します。
スイス法が国際取引の準拠法として選ばれる背景とスイス債務法の基本原則
国際取引においてスイス法が準拠法として頻繁に採用される最大の理由は、スイスが欧州連合に加盟していない独立した中立国であり、特定の経済圏の法規制に縛られない独自かつ安定した法体系を維持している点にあります。日本企業が欧州の企業と契約を締結する際、相手方が自国の法律の適用を主張し、双方が譲らない膠着状態に陥ることが多々あります。この場合、妥協点として第三国であるスイス法を準拠法とすることで、契約交渉を円滑に進めることができます。スイス法は大陸法系に属しており、法典化された体系を持つため、同じく大陸法系を基礎とする日本の法制度に慣れ親しんだ実務担当者にとっても、英米法(コモン・ロー)と比較して基本的な法概念を理解しやすいという利点があります。
スイスにおける民事および商事契約の基本法となるのがスイス債務法です。スイス債務法は、正式名称を連邦民法典第5編債務法といい、すべての私法上の契約に適用される総則部分と、売買契約、賃貸借契約、請負契約、代理店契約などの特定の契約類型に関する具体的なルールを定める各則部分から構成されています。スイス法を準拠法とする国際取引の契約実務において、このスイス債務法は契約当事者の合意を補充する役割を果たすとともに、その合意によっても排除できない強行法規の枠組みを提供します。
日本の法律との比較において留意すべき点は、日本の民法が比較的詳細な規定を置いているのに対し、スイス債務法は契約自由の原則を重視しており、当事者が法令の規定から逸脱する条項を設けることが広範に認められている点です。スイス債務法第19条第1項は、法律の範囲内において契約の条件を自由に決定できると明記しています。さらに同条第2項では、法律が特定の文言を強制しておらず、かつ公序良俗・道徳・個人の人格的権利に反しない限り、法律の規定から逸脱する条項が許容されると定めています。
| 比較項目 | 日本の民法 | スイス債務法 |
| 基本的な法体系 | 大陸法系(ドイツ法・フランス法の影響) | 大陸法系(独自の法典化と合理性) |
| 契約自由の原則 | 広く認められるが、特別法による制限が多い | 極めて強く尊重され、商取引での自由度が高い |
| 法定の形式要件 | 原則として不要(諾成契約) | 原則として不要だが、一部契約類型で厳格な要件あり |
| 契約の変更と解除 | 方式の自由が適用される | 変更には元の形式要件が適用されるが解除には不要 |
このため、国際契約においては、契約書に記載された条項がそのまま法的な効力を持つ可能性が日本の国内法に基づく契約よりも高く、契約書のドラフティングの精度が法的リスクに直結します。スイスでビジネスを行うにあたり、この契約自由の原則の広さを理解し、曖昧な条項を残さずに当事者の権利義務関係を明文化することが、国際取引における不可欠な前提条件となります。
また、スイス連邦最高裁判所の判例においても、契約書に明記された条項は、それが公序良俗に反するような極端な場合を除き、当事者の自由な意思の合致として尊重される傾向にあります。したがって、日本企業としては「日本の商慣習に照らせば常識である」といった暗黙の了解に依存する姿勢を払拭し、すべての合意事項を言語化して契約書に落とし込む作業が求められます。
スイス債務法における意思表示の解釈手法と信頼の原則

国際取引における契約書は、英語などの共通言語で作成されることが一般的です。当事者間で用語の解釈を巡る紛争が生じた場合、スイス法の下では体系的かつ独自の解釈ルールが適用されます。スイス債務法第18条第1項は、契約の形式および条項を評価する際、当事者が誤って使用した不正確な表現や名称にとらわれることなく、その真意かつ共通の意思を探求しなければならないと規定しています。この規定は、言葉の表面的な意味よりも、当事者が実際に何を意図していたのかという実質的な合意を重んじるものです。
スイスの判例法理において、この契約解釈の手法は厳密な二段階のアプローチをとります。第一段階は「主観的解釈」と呼ばれ、裁判所や仲裁廷はまず、契約締結時の交渉過程やその後の当事者の行動などの文脈的要素を総合的に考慮し、当事者が実際にどのような共通の意思を持っていたのかを事実認定として探求します。もし当事者の実際の共通の意思が証拠によって立証された場合、その合意された意思が契約書の文言よりも優先して適用されます。
しかし、国際取引においては文化や言語の違いから、両当事者の真の意思が最初から一致していない場合や、時間の経過とともに立証が困難となる場合が多々あります。主観的解釈によって共通の意思を見出せない場合、第二段階である「客観的解釈」へと移行します。スイス法における客観的解釈は、「信頼の原則」という独自の法理に基づいて行われます。これは、それぞれの当事者の意思表示や行動が、誠実信義の原則に従い、合理的かつ客観的に見てどのように理解されるべきであったかを規範的に判断する手法です。
この解釈手法に関する重要な判例として、スイス連邦最高裁判所が2018年1月31日に下した判決(4D_71/2017)が存在します。本件は株式売買契約の解釈に関する紛争です。当該事件においてスイス連邦最高裁判所は、合意や解釈が問題となる場合には、当事者が主観的に一致して意図した内容が、客観的に表示されたが主観的には異なって理解された内容に優先するという原則を確認しました。
この判例は、契約解釈における第一歩が常に「当事者の実際の意図の探求」であることを示しており、たとえ契約書の文言が一見して明確であっても、両当事者がそれと異なる意味で理解していたと証明されれば、その理解が法的な効力を持つことを意味します。
参考:BGer(スイス連邦最高裁判所)|判例 4D_71/2017(2018年1月31日判決)
また、本判決では、株式売買契約書に記載された「45株、450株中(全体の10%相当)」という売買対象物の表現について、その後予定されていた株式資本の増資が実施されなかったため、株数と比率の記載が客観的に矛盾する結果となりました。裁判所は、当事者間の共通の意思を探求した結果、この矛盾を解消する客観的な基準は存在せず、目的物に関する合意が欠如していると判断し、その点について契約そのものの成立を否定しました。このように、客観的に不可欠な要素についての合意が欠如している場合、契約は成立しないという厳格な判断が下されることがあります。
日本の民法においても、当事者の合理的な意思を探求するという契約解釈の基本的な考え方は存在します。ただしスイスの実務では、契約書調印後の当事者の振る舞いや電子メールでのやり取りが主観的解釈の強力な証拠として決定的な役割を果たす点に、格段の注意が必要です。日本企業がスイス法を準拠法とする契約を運用する際には、契約書締結後の日常的なコミュニケーションが、後日紛争になった際に契約条項の主観的解釈を根底から覆す証拠になり得ることを強く認識しなければなりません。現場の担当者が相手方との良好な関係を維持するために、契約の文言と矛盾するような妥協的な発言や譲歩をメール等で行うと、それが「当事者の真意の変更」として法的に認定されるリスクがあります。したがって、社内における契約管理体制を強化し、すべての対外的なコミュニケーションが契約書の内容と整合しているかを継続的に監視するプロセスが不可欠です。
スイス債務法に基づく損害賠償の制限と強行法規による免責条項の無効化
国際取引の契約実務において、自社の損害賠償責任の上限を定めたり、特定の間接損害や逸失利益についての責任を免除したりする免責条項の設定は、財務的リスクを予測可能な範囲に収めるための不可欠な防衛策です。しかし、スイス法を準拠法として選択した場合、いかに当事者間の契約の自由が広く認められているとはいえ、スイス債務法の強行法規による厳格な制限を受けます。この制限を正しく理解せずに日本式の免責条項をそのまま英訳して使用することは、重大な法的欠陥をもたらす可能性があります。
スイス債務法第100条第1項は、違法な故意または重過失に基づく責任を事前に免除するいかなる合意も無効であると明確に定めています。同条第2項では、軽過失に対する責任の事前免除について、放棄者がその意思表示の時点で相手方の業務に従事していた場合、または責任が政府の許可を要する事業の運営から生じる場合に、裁判所の裁量で無効とみなされ得ると規定しています。日本の消費者契約法などでも、消費者保護の観点から事業者の損害賠償責任を免除する条項を無効とする同様の趣旨の規定は存在しますが、スイス法においては、対等な企業間のB2Bの国際取引においてもこのスイス債務法第100条が厳格な強行法規として適用されます。
つまり、どれほど綿密に損害賠償額の上限を規定し、当事者双方が合意して署名した契約書であっても、契約違反の原因が当事者の「重過失」に該当すると裁判所や仲裁廷に判断された場合、その免責条項や責任上限規定は一切無効となり、全額の損害賠償責任を負うリスクが生じます。スイスの判例において重過失とは、同じ状況下にある合理的な人物であれば当然に払うべきであった基本的な注意義務を著しく怠ることを指します。
この免責条項の解釈と限界に関して、スイス連邦最高裁判所は2024年4月18日に注目すべき判決(4A_237/2023)を下しました。本件は、医薬品の販売および流通に関する契約違反と損害賠償請求の事案です。
参考:BGer(スイス連邦最高裁判所)|判例 4A_237/2023(2024年4月18日判決)
当該事案において、供給者は、対象国における医薬品の登録を停止し、製品の供給を決定的に中止しました。これに対し、買主が損害賠償を請求したところ、供給者側は契約内に設けられていた免責条項を盾に責任の免除を主張しました。この免責条項は、製品の納入遅延や未納入に関する責任を制限する内容となっていました。
しかし、スイス連邦最高裁判所は、この供給者の主張を退けました。判決の中で裁判所は、製品の納入遅延や一時的な未納入を対象とする一般的な免責条項は、契約の根幹を成す義務の決定的な履行停止にまで及ぶものではないと判示しました。裁判所は、一時的な債務不履行と、契約関係を事実上終了させる一方的かつ決定的な履行停止を区別し、後者は免責条項による保護の対象外であるとの判断を示しました。供給者の行為は、単なる遅滞ではなく、契約の目的そのものを破壊する一方的な履行の打ち切りに等しく、このような根本的な義務違反から生じた損害に対しては、スイス債務法第97条に基づく損害賠償責任を免れることはできないと結論付けられました。
また、この事件ではスイス債務法第82条が定める同時履行の抗弁権に関連する法理も議論されました。スイス債務法第82条は、双務契約において、相手方が自らの債務を履行しない限り、自己の債務の履行を一時的に拒絶できる権利を定めています。しかし、この抗弁権はあくまで契約を維持し、将来的に履行する意思がある場合にのみ認められる一時的な防御手段です。製品の登録手続きを意図的に放棄し、決定的に履行を停止した当事者が、相手方の未払い請求書を理由にこの第82条の抗弁権を援用して自らの根本的な義務違反を正当化することは許されないと判断されました。
| 比較項目 | 日本企業が想定しがちな実務 | スイス連邦最高裁判所の判断基準 |
| 免責条項の適用範囲 | 契約書に記載された免責事由はあらゆる不履行に適用されるという期待 | 決定的な履行の拒絶や契約目的の破壊には一般的な免責条項は適用されない |
| 重過失の取り扱い | 企業間取引(B2B)であれば、合意により重過失の免責も可能と誤認 | 企業間取引であっても、重過失や故意による免責は強行法規により無効 |
| 同時履行の抗弁 | 相手の不履行を理由に、自らも契約関係から一方的に離脱できると考える | 履行を決定的に放棄した当事者は、抗弁権を援用して正当化できない |
この最新の判例は、日本企業がスイス法を準拠法とする国際契約を締結する上で極めて重要な指針となります。日本の実務感覚で「あらゆる損害賠償責任を契約金額に限定する」といった網羅的な免責条項を設けても、スイス法の解釈の下では、契約の根本的目的に反する重大な義務違反や、重過失と認定される深刻な品質管理の怠慢について、免責が認められない可能性が高いといえます。したがって、日本企業としては、免責条項の文言に過度に依存するのではなく、契約に基づく義務の確実な履行と、重過失と認定されないための厳格な品質管理体制や社内手続きの整備を国際水準で構築しておくことが、スイス法の下での最大の防衛策となります。
ウィーン売買条約の適用と国内法の錯誤無効に関するスイス連邦最高裁判所の判断

スイス法を準拠法とする国際契約において、最も注意を払うべき実務上の罠の一つが、国際物品売買契約に関する国際連合条約(ウィーン売買条約、CISG)の取り扱いです。スイスはウィーン売買条約の締約国であり、同条約はスイスの国内法の一部を構成しています。
国際取引の契約書において、準拠法条項に単に「本契約はスイス法に準拠する」と記載した場合、ウィーン売買条約も含まれるものとみなされ、同条約が優先的に適用されます。日本企業が、スイス債務法の適用を意図して「スイス法」を選択したにもかかわらず、実際にはウィーン売買条約のルールに従って紛争が解決されるという事態が頻発しています。ウィーン売買条約の適用を排除し、純粋にスイス債務法の規定のみを適用させたい場合には、準拠法条項において「ウィーン売買条約の適用を明示的に排除する」旨の文言を明確に追加しなければなりません。
スイス債務法とウィーン売買条約では、契約違反の際の救済手段の構造が大きく異なります。スイス債務法が瑕疵担保責任、履行不能、履行遅滞といった概念を区別し、それぞれに異なる法的要件と効果を定めているのに対し、ウィーン売買条約はこれらを統一的な「契約違反」という概念で一元的に括り、買主の救済手段を体系化しています。この構造の違いは、紛争発生時の主張立証の枠組みを根底から変えるため、どちらの法体系が自社のビジネスモデルに有利に働くかを事前に検討し、適用除外の是非を決定する必要があります。
ウィーン売買条約の適用とスイス国内法の関係性について、スイス連邦最高裁判所は2019年5月28日に重要な判決を下しました。この判決は、国際取引における日本の法務実務にも影響を与える内容を含んでいます。この判決に関する公式な記録は、スイス連邦最高裁判所の公式ウェブサイトで確認することができます。
参考:BGer(スイス連邦最高裁判所)|判例 BGE 145 III 383
本件は、スイスの公的機関である買主が、スロベニアの企業とそのスイス子会社から電子式の三相電力量計を購入した、継続的売買契約に関する事案です。納入後、売主から買主に対し、電力量計の内部に微細な亀裂(ヘアラインクラック)が生じ、測定誤差が発生する可能性がある旨の通知が行われました。これを受けた買主は、ウィーン売買条約が定める契約不適合に基づく救済規定を用いるのではなく、スイス債務法第24条第1項第4号に基づく「要素の錯誤(Grundlagenirrtum)」を主張し、契約の無効と代金の全額返還を求めました。
第一審裁判所は、ウィーン売買条約を適用すると不満足な結果を招くとして、同条約の適用を退け、スイス国内法の錯誤無効の規定を適用して契約を遡及的に無効と判断しました。しかし、控訴審はこの判断を覆し、さらにスイス連邦最高裁判所も控訴審の判断を支持しました。
スイス連邦最高裁判所は、ウィーン売買条約が適用される国際売買契約においては、目的物の物理的な性質や品質に関する当事者の認識の齟齬など、ウィーン売買条約が独自かつ包括的に規律している事項については、スイス国内法上の錯誤に関する規定の適用が完全に排除されると判示しました。判決文の中で裁判所は、ウィーン売買条約第7条第1項を引き合いに出し、条約の規定は国際的な統一性を保つために自律的に解釈されるべきであり、解釈における自国法への偏重(ホムワード・トレンド)を排除しなければならないと強調しました。もし製品の不具合に関して、当事者が条約の厳格な通知義務などを回避するために国内法の錯誤無効を自由に主張できるとすれば、国際取引の統一ルールを提供するというウィーン売買条約の根本的な目的が破壊されてしまうからです。
| 比較項目 | スイス債務法に基づく錯誤の主張 | ウィーン売買条約に基づく契約違反の主張 |
| 製品の欠陥に対する法的構成 | 契約締結時の重大な錯誤(要素の錯誤) | 目的物の契約不適合に基づく契約違反 |
| 契約への影響 | 契約の遡及的無効(初めから存在しなかったことになる) | 契約は有効に存続し、修補、代替品引渡し、代金減額などで救済 |
| 適用関係(本判例の基準) | 製品の品質に関してはCISGに排斥され主張不可 | 製品の品質や仕様に関する紛争において排他的に適用される |
また、この事件では多当事者間の契約における「国際性」の要件も争点となりました。買主は、売主の一方がスイス国内に拠点を置く子会社であることを理由に、契約の国際性が失われるためウィーン売買条約は適用されないと主張しました。しかし裁判所は、契約の一方の当事者陣営に少なくとも一社、異なる締約国に拠点を置く企業(本件ではスロベニアの親会社)が含まれている場合、契約全体に対してウィーン売買条約が統一的に適用されると判断しました。なお、この点についてスイス国際私法(IPRG)第143条(複数の債務者に対する請求権がある場合の適用法決定に関する規定)を根拠に、契約を分割して適用法を決定すべきとする主張もなされました。しかし連邦最高裁は、ウィーン売買条約の国際性の判断に同条を持ち出すことは認められないとして、この主張を退けました。
さらに、買主の一般購買条件に「スイス法を適用する」旨の記載があったとしても、それだけではウィーン売買条約の黙示の適用除外には該当しないことも合わせて確認されました。ウィーン売買条約の適用を除外するには、条約の適用を明確に否定し、スイス債務法の適用を排他的に指定する確固たる根拠が必要とされます。
日本の民法においても、第95条に錯誤取消しの規定が存在し、製品の隠れた瑕疵を理由に錯誤無効を主張して契約の拘束力から逃れる余地が議論されることがありますが、スイス法に基づく国際契約でウィーン売買条約が適用される場合、このような国内法特有の法理を用いた逃げ道は完全に塞がれることになります。製品の品質や仕様に関する紛争は、すべてウィーン売買条約に定められた厳格な検査義務、通知義務、および救済の枠組みの中で解決されなければなりません。
日本企業は、自社が売主となるか買主となるかの立ち位置を踏まえ、ウィーン売買条約の統一ルールを受け入れるのか、明示的に排除してスイス債務法に基づく国内法理によるのかを、契約書作成の初期段階で決断し、曖昧さを排除したドラフティングを行うことが求められます。自社が製品を供給する売主である場合、買主からの予期せぬ契約無効の主張を防ぐためにウィーン売買条約の適用を維持することが有利に働く場面もあります。逆に、自社が買主である場合、ウィーン売買条約の厳格な通知義務期間を緩和する条項を設けるか、あるいはスイス債務法を適用させて柔軟な対応を可能にするか、綿密な法務戦略を構築する必要があります。
スイス法を準拠法とする国際契約における日本企業の戦略的対応指針
これまでに詳述したスイス債務法と最新の判例動向を踏まえ、日本企業がスイス法を準拠法とする国際契約を締結し、運用していく上で実践すべき戦略的な指針は以下の通りに集約されます。
第一に、契約書の作成段階において、いかなる曖昧な表現も許容しない徹底した文言の精査が求められます。スイス法が契約自由の原則を広く認めているからこそ、契約書に記載された一言一句が重い法的拘束力を持ちます。日本のビジネス環境で散見される、将来の協議に委ねるような「協議条項」や、当事者間の良好な関係性に依存した漠然とした取り決めは、スイス法の客観的解釈(信頼の原則)の下では、予期せぬ不利益をもたらす危険性をはらんでいます。
第二に、免責条項の限界を正確に認識したリスクマネジメント体制の構築です。スイス債務法第100条により、重過失による責任の免除は無効とされるため、契約書の文言だけでリスクを完全に遮断することは不可能です。したがって、契約上の防衛策に依存するだけでなく、製品の品質管理体制、納期遵守のためのサプライチェーン管理、プロジェクト進行中の記録の保持といったコンプライアンス体制を、スイス法が要求する「合理的な注意義務」の水準に引き上げることが必須となります。
第三に、契約締結後のコミュニケーション管理の徹底です。主観的解釈が客観的解釈に優先するというスイス連邦最高裁判所の判例が示す通り、契約書調印後の現場レベルでのやり取りや電子メールでの何気ない合意が、契約内容の実質的な変更とみなされるリスクがあります。プロジェクトの最前線に立つ担当者が、法的影響を理解せずに相手方に譲歩を示すような発言を控えるよう、社内での教育とコミュニケーションのガイドラインを整備することが重要です。
まとめ
スイス法を準拠法とする国際契約は、その中立性と高度に洗練された債務法の体系により、日本企業に安定した取引基盤を提供する一方で、特有の法解釈や強行規定の存在によるリスクも内包しています。紛争発生時には契約書の文言だけでなく当事者の真意を探求する厳格な二段階の解釈手法が取られる点、重過失による免責合意が無効となる点、そして「スイス法」という指定だけでは自動的にウィーン売買条約が適用され、国内法上の錯誤無効などの主張が制限される点は、実務上極めて重要です。日本企業が法的リスクを回避し、グローバル展開のメリットを最大化するためには、これらの最新の判例動向とスイス債務法の基本原則を深く理解し、曖昧さを排除した緻密な契約書を作成することが不可欠です。
モノリス法律事務所は、スイスの現地法律事務所Araucariaとの強固な提携関係を通じて、現地の最新法令や判例に基づいた高度な法的助言を提供し、欧州圏でビジネスを展開する日本企業の国際契約の交渉から条項の作成、そして紛争解決の手続きに至るまで、言語の壁や法制度の違いを越えた包括的なサポートを現地の基準で直接行うことが可能です。
河瀬 季
Toki Kawase
IT企業経営の経験を持つエンジニア出身の弁護士。東大院修了後、モノリス法律事務所を開設。上場企業からスタートアップまで顧問弁護士やCLOとして経営を支援する。特にスイス法務に精通し、専門チームを率いて現地法人設立から労務、知財戦略分野で日本企業のスイス進出を多角的にサポートしている。
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