【2026年6月】EU指令改正における「オンライン契約撤回ボタン」とは?日本企業が取るべき対応を解説
2026年6月19日より、オンラインで特定の消費者契約を締結する事業者は、消費者が法定の契約撤回権を行使するための「電子的機能」を消費者に提供することが義務付けられました。
「契約撤回ボタン(withdrawal button)」と称されるこの新たな仕組みは、EU消費者権利指令を改正する指令(EU)2023/2673によって導入されたものです。同指令は主に遠隔で締結される金融サービス契約に関するものですが、撤回機能の適用範囲はより広く、オンラインインターフェースを通じて締結される他の遠隔契約にも適用される可能性があります。
したがって、EUの消費者に商品やサービスを提供する日本企業は、自社のウェブサイトやモバイルサイト、アプリなどがこの新要件を満たしているか、早急に確認する必要があります。この記事では、この改正に対して日本企業が取るべき対応について解説します。
契約撤回ボタンの要件が適用される条件とは?
この契約撤回機能は、事業者と消費者の間で、オンラインインターフェース(ウェブサイト、モバイル版ウェブサイト、アプリ、その他の消費者が契約を締結するソフトウェア・ベースの環境など)を通じて締結される遠隔地契約に対して適用されます。
重要な点として、この機能は消費者に新たな権利を付与するものではなく、既存の法的権利を行使するための「追加のオンライン手段」を提供するものです。したがって、EUおよび各国の消費者保護法に基づき、消費者に既に契約撤回権が認められている場合にのみ適用されます。契約撤回権の法定例外が適用される場合、事業者はその契約に対してこの機能を提供する義務を負いません。
日本企業は、日本から直接、あるいはEUの子会社、支店、専用プラットフォームを通じて、対象となる契約をEUの消費者と結んでいるかを確認する必要があります。具体的な法的判断は、当該企業が対象とする市場、適用される国内法、および当該指令を国内法制化した各国の措置によって異なります。
※補足 EU消費者権利指令における「契約撤回権(right of withdrawal)」とは、ネット通販等において、消費者が理由を問わず契約を撤回できる権利です。行使により契約は当初に遡って効力を失い、初めから契約がなかった状態に戻ります。
契約撤回機能が満たすべき仕組み

明確でアクセスしやすい導線
法的に認められた撤回権が存在する場合、消費者がオンラインで契約を締結した際と同等に簡単な方法で、オンラインで撤回権を行使できるように設計しなければなりません。
事業者は、消費者が直接オンラインで契約撤回手続きを開始できるよう、ボタンやリンクなどの明確に表示された専用の「契約撤回の入り口」を提供する必要があります。この機能は以下の条件を満たすことが求められます。
- 適用される契約撤回期間中、常に利用可能であること
- 目立つように表示され、消費者が容易に見つけられる場所に配置されていること
- 容易に判読可能であること
- デスクトップおよびモバイルのインターフェースの双方で機能すること
- 顧客アカウントを持つ消費者だけでなく、ゲスト購入をした消費者も利用できること
その表示は「ここで契約を撤回する(withdraw from contract here)」など、撤回権を行使できることが即座に伝わる明確な文言や、それと同等の明確な表現でなければならず、そのウェブサイトやプラットフォームの言語で提供される必要があります。
また、「ご注文の管理(Manage your order)」「返品リクエスト(Return request)」「お問い合わせ」「サポートが必要ですか?」「カスタマーサポート」といったラベルを代替として使用することはできません。そのような表示は、他の顧客サービスやプロセスにおいては適切であることもありますが、消費者が法的に認められた撤回権を行使できることを明確に示すものではありません。
契約撤回機能の2つのプロセス
この契約撤回機能には、消費者が撤回に関する意思表示を作成する「初期ステップ」とそれに続く個別の「確認ステップ」の2段階の仕組みが必要です。
ステップ1:契約撤回通知の準備
消費者は、契約撤回機能にアクセスした後、撤回通知を作成するために必要な情報を提供または確認できなければなりません。
当該機能は、消費者が以下の情報を提供または確認できるものである必要があります。
- 消費者の氏名
- 撤回を希望する契約を特定するための詳細情報
- 受領確認が送信される電子的な連絡手段に関する詳細情報
この最初の段階は、撤回の最終的な提出ではありません。これは、消費者が対象となる契約を特定し、撤回通知を作成できるようにするためのものです。
手続きは簡潔であるべきです。消費者がアカウントにログインしている場合、事業者は利用可能な契約情報や注文情報をあらかじめ入力しておくべきです。ゲストとして購入手続きを行った場合でも、注文番号、メールアドレス、またはそれに類する識別情報によって契約を特定できるようにする必要があります。
また、既に本人確認が済んでいる消費者に対し、不必要に再度本人確認を求めるべきではありません。
1つの注文や契約に複数の商品やサービスが含まれている場合、法的に一部撤回が認められるのであれば、オンライン手続きにおいて、撤回が契約全体に関するものか、それとも特定の商品のみに関するものかを選択できるようにしてもよいでしょう。
フォームにおいて、不必要な情報の入力を求めるべきではありません。特に、消費者に以下のことを求めてはいけません。
- 契約撤回の理由を提示すること
- 電話やチャットでカスタマーサービスに連絡すること
- 満足度調査に回答すること
- 契約継続のための提案(リテンション・オファー)を検討または受諾すること
- 契約撤回権を行使するためだけに顧客アカウントを作成すること
ステップ2:契約撤回の確認
消費者が必要な情報を提供・確認した後、事業者は別途、確認のための機能を設ける必要があります。
この「第2のステップ」は、消費者が撤回の意思表示を行う前に、自らの意思でその撤回を確認することを確実にするためのものです。当該機能には、「撤回を確定する(confirm withdrawal)」といった文言、またはそれと同等の、誤解の余地がない明確な表現を表示しなければなりません。使用する文言は、当該ウェブサイトやアプリの言語に対応したものである必要があります。
この確認ステップは、中立的なものでなければなりません。消費者に圧力をかけたり、撤回権の行使を思いとどまらせたりするような表現を用いてはなりません。例えば、「特典を失ってもよろしいですか?」「特典をキャンセルする」「それでも続行する」「最終警告」といった表現は避ける必要があります。
受領確認と証拠の保持
消費者が確認ステップを完了した後、事業者は遅滞なく受領確認を送信しなければなりません。受領確認は、長期間保存できる媒体で提供される必要があります。実務上、これは通常、電子メールとなります。受領確認には、以下の事項を含める必要があります。
- 契約撤回の意思表示の内容
- 提出日時
- 当該契約または注文の参照番号
- 受領確認の送信に使用された電子的な連絡先情報
受領確認は自動的に生成されるべきです。手動で処理を行うと、遅延、不整合、および証拠の不備が生じるリスクが高まります。
オンラインでの撤回通知が所定の撤回期間の満了前に提出された場合、消費者は当該期間内に撤回権を行使したものとみなされます。したがって、システムは正確な提出日時を記録する必要があります。
既存の撤回手段も引き続き利用可能であること

電子的な撤回機能は、撤回権を行使するための追加的な手段に過ぎません。したがって、法的に認められた他の手段に取って代わるものであってはなりません。
適用法にもよりますが、消費者は引き続き、電子メール、書面、標準撤回フォーム、またはその他の十分に明確な意思表示によって撤回を行うことができます。撤回ボタンを、消費者が利用できる唯一の手段であるかのように提示してはなりません。
ダークパターンの回避
撤回手続きは、契約締結時の手続きと同様に、明確かつ簡潔であるべきです。
企業は、撤回を不当に困難にするような以下の手法を避ける必要があります。
- 利用規約や長文の法的文書の中に撤回機能を隠すこと
- FAQやカスタマーサポートのセクションにのみ撤回機能を配置すること
- 不要なログインやアカウント作成を求めること
- カスタマーサービスとのやり取りを強制すること
- 手続き完了前に繰り返しポップアップを表示すること
- 注文を継続する選択肢を視覚的に目立たせること
- 撤回理由の説明を求めること
- 社内承認が下りるまで確認を遅らせること
フィードバックの質問や継続を促すオファーによって、撤回手続きが妨げられたり、遅延したり、視覚的に分かりにくくなったりすることがあってはなりません。
日本企業が取るべき実務的ステップ
EU向けにオンラインB2C事業を展開する日本企業は、以下のステップを優先して進めるべきです。
- EU消費者に法定の契約撤回権が生じるオンライン契約を特定する
- それらの契約が締結されるウェブサイト、アプリ、カスタマージャーニーをマッピングする
- 常時利用可能で明確に見える撤回の入り口を実装する
- 必要な2ステップの撤回・確認プロセスを導入する
- 顧客アカウントとゲスト決済の双方でプロセスが機能することを確認する
- 受領確認を自動化する
- 提出の正確な日付と時刻を記録する
- コンプライアンスの証拠として、スクリーンショット、技術ログ、受領確認メールを保存する
- デスクトップおよびモバイルでプロセス全体を定期的にテストする
指令(EU)2023/2673は各加盟国の国内法を通じて実装されるため、事業を行う国の国内法規、執行メカニズム、罰則も確認する必要があります。加盟国は2025年12月19日までに国内措置を採択し、2026年6月19日から適用することが義務付けられていました。
この対応は単なる利用規約の変更に留まらず、法務、Eコマース、ユーザーエクスペリエンス(UX)、カスタマーサービス、ITチームの連携が必要です。まだ対応を完了していない企業にとって、実装は即時のコンプライアンス優先事項として扱う必要があります。
EU内に拠点を持たない日本企業への適用基準

日本企業は、欧州連合(EU)域内に子会社、支店、その他の拠点を有していないという理由のみで、直ちに今回の新たな撤回ボタン要件の適用対象外となるわけではありません。
指令(EU)2023/2673自体は、独自の地理的「ターゲット設定(指向性)」基準を単独で定めているわけではありません。しかし、日本企業がEU加盟国の消費者に向けて自社の商業活動を指向(direct)させており、対象となる契約がそれらの活動の範囲内に含まれる場合、同指令を実装(国内法化)した加盟国の国内法規を遵守することが求められる可能性があります。
このような状況下では、ローマI規則第6条に基づき、消費者の常住国における強行的な消費者保護規定が適用される場合があります。契約上の準拠法として日本法を選択したとしても、これらの強行規定によって消費者に与えられる保護を奪うことはできません。
事業者が特定のEU加盟国に対して自社の活動を指向させているか否かは、その全体的な行動に基づいて評価されなければなりません。関連する要素としては、以下のようなものが挙げられます。
- EU特定または特定国向けの広告
- 特定の加盟国への商品配送またはサービスの提供
- ローカライズ(現地化)されたウェブサイトまたは国別トップレベルドメイン
- ターゲットを絞った商業戦略の一環としての現地言語や現地の通貨の使用
- EU消費者向けの専用カスタマーサービス体制
- 当該加盟国の消費者と契約を締結する意図を示すその他の兆候
日本のウェブサイトにEUから単にアクセスできるという事実のみでは、企業がEU消費者に向けて自社の活動を指向させていると認定するには十分ではありません。
したがって、EUの消費者に直接販売を行っている日本企業は、自社のオンライン活動のターゲットとなっている加盟国を特定し、該当する契約が指令(EU)2023/2673を実装した加盟国の消費者保護規則の対象となるかどうかを評価する必要があります。
まとめ
EUの新たな「撤回ボタン(withdrawal button)」の義務化は、単なる利用規約の改定にとどまらず、自社のオンラインインターフェース、プロセス、およびシステムに対する包括的な見直しを求めるものです。EU域内に拠点を持たない日本企業であっても、EUの消費者に向けて事業活動を指向している場合には、現地加盟国の国内法を通じて本規則が適用されるリスクがあります。
そのため、該当する契約の特定、2ステップによる撤回・確認プロセスの導入、受領確認の自動化、そしてコンプライアンスの証拠となるログやスクリーンショットの保存など、必要な実務対応を速やかに進めることが重要です。制度の適用(2026年6月19日〜)に向け、法務、Eコマース、UX、カスタマーサービス、ITの各部門が密に連携し、優先度の高い課題として準備を完了させることが求められます。
河瀬 季
Toki Kawase
IT企業経営の経験を持つエンジニア出身の弁護士。東大院修了後、モノリス法律事務所を開設。上場企業からスタートアップまで顧問弁護士やCLOとして経営を支援する。特にスイス法務に精通し、専門チームを率いて現地法人設立から労務、知財戦略分野で日本企業のスイス進出を多角的にサポートしている。
Anca Draganescu Pinawin
Araucariaの創設者。商標弁護士として企業の知的財産権保護や戦略立案に豊富な経験を持ち、大手NovagraafのシニアIPカウンセルも務めた。データ保護の専門資格を有し、GDPR準拠も支援。WTR1000に毎年選出され、メディアや広報の経歴も持つ。
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